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合田直弘のWorld Standard! ​グレート・アチーヴメント「ドバイ・ワールドCデー」

 
 3月26日に中東のドバイで施行された「ドバイ・ワールドCデー」で、広尾サラブレッド倶楽部の所属馬が2勝をあげた。
掛け値なしの快挙である。
 2020年に創設されたサウジアラビアの「サウジCデー」が、ここ3年で国際イベントとして急成長。2月26日に開催された2022年のサウジCデーでは、アラブ種の競走を含めて7つの国際競走が施行され、世界12か国から75頭の招待馬を集まった。
この「12か国から75頭の遠征馬」というのは、奇しくも、2022年3月26日のドバイワールドCデーを舞台に施行された、アラブ種を含む9つの国際競走に参集した招待馬と、国の数も馬の数も全く同じだった。
 2月から3月にかけて、世界のトップホースは「サウジからドバイヘ」という流れが定着しつつあることはもはや明白で、だからこそ日本の一部メディアには、日本におけるこの時期の番組編成を見直す必要があるとの指摘も見られるようになった。
 サウジもドバイも、世界の精鋭がこれだけ多数集結すれば、戦いの水準はおのずと高くなる。
同じ馬主さんの馬が複数のレースを制した例は、2月のサウジCデーでは皆無であり、3月のドバイワールドCデーでは、G2ゴドルフィンマイルとG1ドバイターフを制した、広尾サラブレッド倶楽部のみであった。ドバイの国王シェイク・モハメドの競馬組織で、ドバイワールドCデーの各競走に16頭の精鋭を送りこんでいたゴドルフィンですら果たせなかったことを、広尾サラブレッド倶楽部は成し遂げたのである。
世界の競馬関係者とファンが腰を抜かすほどの衝撃を受け、その後、広尾サラブレッド倶楽部に心からの称賛を送り、かつ、羨望のまなざしを向けたことは言うまでもない。



先鞭を切ったのは、ダート1600mのG2ゴドルフィンマイルに出走したバスラットレオン(牡4、父キズナ)だった。
同馬を管理する矢作芳人調教師は、世界のあらゆる地域で行われるレースを視野に置き、管理馬の実績のみならず、各馬の隠れた能力や適性を鑑み、その上で、リスクとリターンを秤にかけ、勝算の少しでも高い競走を選択する調教師さんである。そして、広尾の首脳陣の皆様も、競馬や生産のグローバルな動きを、深層にある見えづらい部分を含めて常にモニターし、予知を試みでおられることを、筆者はよく知っている。
だから、広尾所属馬が海外に適鞍を見つけて遠征を敢行すること自体、普通にありえることと筆者は受け止めたが、その一方で、バスラットレオンをゴドルフィンマイルへというレース選択には、正直に言って驚かされた。
凡人の発想ではない。
バスラットレオンは、2歳時から高い資質の片鱗を窺わせていた馬である。様々な歯車がかみ合い、これが具現化したのが、21年4月のG2ニュージーランドトロフィー(芝1600m)で、2着以下に5馬身をつけて完勝した内容は、同馬が極めて上質なアスリートであることを余すことなく実証するものだった。
だが次走で、発馬直後に躓きジョッキーが落馬するという、ありうべからざる不運に遭って以降、バスラットレオンは迷宮に入り込んでいた。初めてダートに挑んだ11月のG3武蔵野S(d1600m)でも、13着に大敗している。
その馬をゴドルフィンマイルに、というのは、改めて記すが、凡人の筆者には出来ない発想だ。
矢作師と広尾の首脳陣は、ドバイという非日常に置けばバスラットレオンは覚醒し、なおかつ、メイダンのダートに適性があると読み切っていたのだから、その慧眼はもはや神の領域である。
英国で発売されていた馬券では、前走のG2アルマクトゥームチャレンジ・ラウンド2(d1900m)で、北米調教馬ホットロッドチャーリーの2着となっていたアルネフード(騸4)がオッズ2.5倍の1番人気に支持され、バスラットレオンはオッズ67倍の15番人気という低評価だった。
しかし実際には、坂井瑠星騎手を背に発馬後150mほど進んだ辺りで先頭に立ったバスラットレオンが、前哨戦のG3バージナハール(d1600m)を制しての参戦だったデザートウイズダム(騸4)に1.1/4馬身差をつける完勝。ほぼ1年ぶりの勝利を手にするとともに、1着賞金58万ドルを収得した。
同馬の父キズナは、昨年9月にG2フォワ賞を制したディープボンド、今年2月にG31351ターフスプリントを制したソングラインに続き、わずか半年余りの間に3頭の海外重賞勝ち馬を送り出したことになる。
そして、同馬の母バスラットアマルは、英国のニューマーケットを舞台とした16年のタタソールズ・ジュライセールで、三嶋牧場の代理人に8千ギニー(当時のレートで約113万円)で購買された牝馬である。英国からの輸入牝馬と言えば、12月のディセンバーセールで購入されて日本に来る馬は多いが、ジュライ出身の輸入牝馬というのは、あまり聞いたことがない。ジュライで繁殖を仕入れるという、凡人にはない発想をした男が、ここにも一人いたのである。
こうした、徒ならぬ男たちによる妙技の積み重ねによって、バスラットレオンの壮挙は現実のものとなった。
G2青葉賞(芝2400m)で2着となったエタンダール、G3京成杯AH(芝1600m)で2着となったのをはじめ5重賞で掲示板に載ったディメンシオンといった広尾所属馬の弟となるパンサラッサ(牡5、父ロードカナロア)も、バスラットレオン同様に早くから素質の高さを期待されていた馬で、2歳暮れにはG1ホープフルSに、3歳春にはG2弥生賞に駒を進めていた。
結果がともなうようになったのは、けれん味のない逃げが勝利に結びつくようになった昨年秋以降で、2月のG2中山記念(芝1800m)を快勝して2度目の重賞制覇を果たした同馬が、G1ドバイターフ(芝1800m)に向かうというのは、この路線の王道を歩む馬として、当然の選択だったと思う。
王道にある、総賞金500万ドルの一戦だけに、覚悟はしていたものの、相手は揃った。
20年のG1プリンスオヴウェールズS(芝9F212y)、21年のG1ドバイターフを制しているロードノース(騸6)、G1サンチャリオットS(芝8F)を制している他、G1英千ギニー(芝8F)2着の実績をもつサフロンビーチ(牝4)、前走のG1ペガサスワールドCターフ(芝9F)を制し3度目のG1制覇を果たしての参戦だったカーネルリアム(牡5)、前哨戦のG1ジェベルハタ(芝1800m)勝ち馬アルファリーク(騸5)。さらに同じ日本勢の、G1NHKマイルC勝ち馬で、ドバイターフと条件が極似(左回りワンターンの1800m)したG2毎日王冠(芝1800m)も快勝していたシュネルマイスター(牡4)、そして前年のこのレースの2着馬ヴァンドギャルド(牡6)らが牙を研いでいた。



想定よりは後続を引き付けた逃げとなったパンサラッサは、残り1Fを切って2番手以下を2馬身リード。しかしそこから鋭く追い込んで来たのが、道中は中団外目にいたロードノース。さらにワンテンポ遅れて強襲したのが、道中は後方で脚を溜めていたヴァンドギャルドで、3頭が鼻面を揃えてゴール。
内馬場に置かれた大型スクリーンにゴール前の写真が映し出され、ヴァンドギャルドが僅かに劣勢の3着と確認出来た中、結果が出たのはゴールの瞬間から9分が経過した後だった。場内に流れたアナウンスメントは「Dead Heat!(=同着)」。劇的な形で広尾サラブレッド倶楽部の2勝目が確定した。
これは、序章に過ぎないと思う。広尾の青い勝負服が、世界の各国で躍動する光景が、日常化することを期待している。