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キングエルメス、ジュライC 現地レポート 

ニューマーケット競馬場で行われたジュライカップについて
平松さとしさんの現地レポートです。




いずれも栗東・矢作芳人厩舎のキングエルメス(牡3歳)とバスラットレオン(牡4歳)がイギリス入りしたのは6月24日の事だった。
関空を発ち、韓国の仁川からドイツのフランクフルトへ。ここで一泊した後、飛行機を乗り換えてイギリスのスタンステッド空港へ。そこからは馬運車でニューマーケットにあるロジャー・ヴェリアン厩舎の検疫馬房に入った。
「長時間の輸送でしたけど、多少水を飲まなくなったくらいで、元気に運べたようです。体重も落ちなかったようで、やはり2頭一緒だったのは大きいです」
輸送に関し矢作調教師はそう語った。
2頭のうち、先陣を切って7月9日のジュライC(GⅠ)に出走したのがキングエルメス。矢作調教師は7月4日の月曜日に現地入り。翌5日の早朝には、一緒に海を越えた坂井瑠星騎手を乗せ、決戦の舞台となるニューマーケット競馬場のジュライコースでスクーリングを兼ねて追い切られた。
「僕自身にも良いスクーリングになりました」
そう語ったのは坂井騎手。続けて次のように言った。
「馬場は日本と比べ物にならないくらいタフで、最後の反応がもう少しほしかったです」
指揮官も、終いの動きに関して眉間に皺を寄せつつ、言った。
「3歳馬としては落ち着いていて、状態面は良さそうだけど、欲を言えばラストにもう少し伸びてほしかったですね」
丁度1年前の6月26日に新馬勝ちしたキングエルメス。1番人気に推された2戦目のクローバー賞は5着に敗れたが、直線でササリながらも良く伸びていた。すると、続く京王杯2歳S(GⅡ)は快勝。8番人気まで落ちた支持をあざ笑うかのような強い競馬ぶりを披露した。



しかし、好事魔多し。ここで骨折をすると、約5か月の休養を余儀なくされ、ターフに戻ったのは今年4月のアーリントンC(GⅢ)。一頓挫あってのこの1戦だったが3着に好走し、素質の高さを示すと、続いて挑戦したのがNHKマイルC(GⅠ)。結果は初めてのGⅠの舞台で6着に敗れた。しかし、先行して東京競馬場の長い直線でもパッタリと止まる事無く粘っていたパフォーマンスは、ひそかに目を引くモノだった。
「元々素質は見込んでいた馬でしたけど、骨折もあったので、成長がどうか心配でした。でも、イギリスの環境が成長を促してくれているようで、来て良かったと感じています」
矢作調教師はそう言うと補足するように続けた。
「血統的に同じところで(調教を)やり続けると、飽きてしまう面があります。そういう意味でも有意義な遠征で、日々成長していると感じています」
この成長とは、心身両面で、且つ2頭に共通して言える事だと言う。
「2頭共、精神面で多少の不安はあったけど、こちらが考えていた以上にしっかりしてくれています」
とはいえ挑む舞台は数々の日本のGⅠホースが跳ね返されてきた本場イギリスの競馬。決して楽な戦いにならない事は、若い時、このニューマーケットで3ケ月学び、開業後にはグランプリボスとディープブリランテの2頭のGⅠホースで挑んだ(前者は11年セントジェームスパレスSで8着、後者は12年キングジョージ&クイーンエリザベスSで8着)伯楽が、痛いほど知っていた。
競馬発祥の地の何が、日本馬の前に立ちはだかっているのか。矢作調教師は推察する。
「“斤量”と“坂”だと思います」
欧州競馬で背負う斤量は平均して日本より重い。ジュライCに於けるキングエルメスの斤量は58キロ。自身、初めて背負う“重さ”だった。



「ただ、これはレース前から分かっている事ですからね。挑戦しようと思ったらこれをどうこうは言っていられません」
更にジュライCの舞台となるジュライコースはスタートから長い間、下り坂が続いた後、最後の1ハロンは極端な上り坂。これもまた日本にはないシチュエーションだ。
「実際、調教で走らせてみて厳しいコースだと感じました。もっとも、他のレースを観ているとやはりどの馬も最後は一杯になっています。そういう意味では同じ条件なのでこなしてくれる事と信じたいです」
距離は6ハロン。新馬で1200メートルを勝っているが、それ以来のスプリント戦となる点については次のように見解を述べる。
「キングエルメスにとってベストは1400メートルだと思います。ただ、それは日本の馬場での話です。よりタフなイギリスなら1ハロン短いくらいが丁度良いと思っています」
そこで改めて仕上がり具合を問うと、これには大きく頷いて答えた。
「スクーリングもうまくいったし、仕上がりは良さそうです。おそらく体重は490キロ前半くらい。日本にいる時と同じくらいで出せそうです」
また、海外遠征となると地元の騎手に依頼する事も多い昨今だが、愛弟子の坂井騎手をそのまま鞍上に据えた事については次のように語った。
「彼は若いので経験を積ませれば国際的な騎手になれると思って連れて来ているというのもありますが、ここまでキングエルメスの全レースに騎乗して、エルメスの事を1番分かっているというのが大きいです」
そんな思いは勿論、若き鞍上本人にも届いている。坂井騎手は言う。
「ヨーロッパで、沢山の騎手を選べる中で乗り替わりなく乗せてもらえる事にはオーナーや矢作先生に感謝しかありません。そんな思いに応えるには良い結果を出す事しかないと考えています」
そして、仕上がりに関しては指揮官同様の見解を述べた。
「仕上がりはすごく良く感じました。相手との力関係は分からないところもありますけど、この馬自身は良い状態で挑めそうです」
 


 こうして現地7月9日、絶好の天候とGood to Firm(良)という綺麗な馬場状態の上で、ジュライCのゲートが開いた。
 木陰に覆われたプレパドックで曳かれ、落ち着いた状態で返し馬もこなしたキングエルメスは、抜群のスタートセンスで飛び出すか?!とも推察出来たが、意外にもスタートは今一つ。坂井騎手は述懐する。
 「この馬としては決して良いスタートではありませんでした。ただ、ペースが遅かったので、すぐにリカバリーして好位につける事は出来ました」
 その位置取りをみて「よしよし」と思った矢作調教師だが、そんな思いは長く続かなかった。レースが中盤にさしかかる頃、パートナーの鞍上で早くも坂井騎手の手が動き出した。
 「早々に手応えがなくなってしまいました」と同騎手。「それでもその後、意外としぶとく粘っていたので、盛り返してくれるかと思いました」とは矢作調教師。しかし、そんな思いとは裏腹、最後の上り坂では失速。結果、13頭立ての11着と大敗に終わってしまった。
 「う~ん」と首を捻った伯楽は絞り出すように言った。
 「状態は良かったし、馬場状態も日本馬には向くと思えました。エクスキューズ(言い訳)の出来ない条件下でこれだけ負けたのはショックです」
 そして、少しの沈黙を挟み、再び口を開いた。
 「これがイギリス競馬の厳しさなのかもしれません。結果的に外ラチ沿いの馬が上位をしめたけど、他のレースを観ていたら逆のパターンもあったので、コース取りは関係なかったと思います。もっとパワーのある馬でないとダメだったのかもしれないし、この後、もう少し敗因を分析しないといけないと考えています」



 ちなみにレース直後の馬の様子に関しては「どこかを傷めたとかそういう事はない」(矢作調教師)との話で「予定通りモーリスドゲスト賞へ向かえるはずです」と旗幟鮮明に続けた。
モーリスドゲスト賞(GⅠ)が行われるのは8月7日のフランス、ドーヴィル競馬場。ジュライコースのような激しい起伏はなく、ほぼ平坦の直線1300メートルが新しい戦場となる。高速決着になるケースも多く、日本馬にとってはジュライコースよりは走りやすい舞台といえるだろう。
7月27日にはグッドウッド競馬場で行われるサセックスS(GⅠ、1600メートル)にバスラットレオンが挑戦。その後、2頭は30日にニューマーケットを発ち、新たな舞台となるドーヴィル競馬場へ移動するという。初戦のジュライCは残念な結果に終わったが、これを糧に今後の挑戦がどう変わっていくのか。広尾レースとチーム矢作の挑戦に注目していこう。