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パンサラッサの香港カップ(GⅠ、芝2000メートル)平松さとしさん現地レポート

パンサラッサの香港カップ(GⅠ、芝2000メートル)について
平松さとしさんの現地レポートです。

吉田豊が香港島のホテルに着いたのは、現地時間12月10日から11日に日付が変わろうとしていた頃だった。
 「色々と手続きが面倒でした」
 香港での新型コロナウィルス騒動は、まだ終わっていない。入国するだけでアプリによる各種手続きが必要だし、空港に到着後はPCR検査をしなくてはならない。その後も3日間は外出先での食事が禁じられているし、ジョッキーには毎日のPCR検査が義務付けられていた。そんな中、吉田は土曜日に中山競馬で騎乗した後、海を越えて現地に入ったのだ。
 「前の晩はすぐに眠れました」
 11日のレース当日、第2レース後に行われたオープニングセレモニー。緊張の面持ちでこれに参加すると、そう語った。
 それから3時間半後の4時40分。4つある国際レースの末尾を飾るメインの香港カップ(GⅠ、芝2000メートル)が行われ、そこで吉田はパンサラッサ(牡5歳)に騎乗した。



 「来た当初は飼い食いが落ちたけど、その後、戻ったので強く追えました」
 遡ること4日。現地時間7日の朝に最終追い切りを終えたパンサラッサ。管理する矢作芳人はその動きを見守った後、そう言った。
 更に翌8日、枠順抽せん会が行われた。矢作が籤を引いた結果、8番枠。「内にこしたことはない」と語っていたが、どちらかというと外より(12頭立て)になると、きっぱりと思考を変えた。



 「パンサラッサがやることは一つ。どの枠でも叩き切って行くだけですから、それはこの枠でも同じなので問題ないです」
 枠順に関し、指揮官同様に「問題ない」と語ったのが吉田だ。
 「内枠でそのまま行ければ良いですけど、最近はスタート直後のダッシュが今一つですからね。そうなった時に内枠だと外から被されてしまいます。外よりの枠ならその心配がなくなる分、かえって良いかもしれません」



 天皇賞(秋)(GⅠ)を2着に粘った時のような大逃げをここでも敢行するのか、はたまたドバイターフ(GⅠ)で1着同着となった時のようなある程度、後続を引きつけての逃げになるのか。
 「天皇賞のような大逃げが本来のこの馬のベストの形だと思うので、そう出来れば良いです。ただ、東京は(直線が長い分)後ろが追いかけて来ないけど、ここだとどうか?そのあたりはジョッキーに任せます」
 矢作がこう言えば、吉田は次のように語った。
 「スローで行って瞬発力勝負に持ち込んで良いというタイプではないですからね。出来たら天皇賞の時みたいに大きく離して逃げて、セーフティーリードを保って粘り込みたいです」
 こうしてレース当日を迎えると、パドックでは少々イレ込み気味。しかし、吉田は「あのくらいならこの馬としては大人しい方」と胸を撫で下ろしていた。


 
そのパドックのみ、いつも通りの赤いメンコ(耳覆い)。香港ではパドックのみ使用のメンコは黄色にしなくてはいけないのだが、これはあくまでもローカル馬に対するルール。外国からの遠征馬には適用されず、むしろ逆に「黄色いメンコでレースに出走は出来ない」となる。
 更にゲート裏まで厩務員がついて行く日本のようなスタイルも許されず、その時点では香港ジョッキークラブの係員に任さなくてはいけないのだが「メンコを外した後、輪乗りの時もほぼほぼいつも通り」(吉田)でゲートイン。しかし、前扉が開くとパートナーは思ったほど「行ってくれなかった」(吉田)。



スタート直後はロマンチックウォリアーが掛かり気味に先頭に立つ。最初のコーナーの前にそれをかわしたパンサラッサだが、そこですぐコーナーにさしかかったため、インへ進路を取ると、ロマンチックウォリアーの鼻面をかすめるような形となった。この事象に、吉田は後に戒告を受けるのだが、いずれにしろそのようなコース形態のせいもあってか、天皇賞の時みたいに後続を放してビュンビュンと逃げる事は出来なかった。
200メートルごとに発表されるラップタイムは、最初の半マイルが48秒87で、6ハロンの通過は1分12秒38。つまり前半の通過タイムは1分丁度〜1分1秒くらい。日本と違いスタート後の助走がなく、ゲートが開くと同時に時計が回り出す計測法である事を差し引いても、パンサラッサの作るラップとしては決して速くはなかった。



 「自分からどんどん行ってくれるのがベストなんですけど、全く反応せず、行こうとしてくれませんでした」
 道中パンサラッサのすぐ後ろの2番手を追走していた地元馬カーインスターが日本の大逃げ王を捉まえたのは4コーナーを回り直線に向いた直後の事だった。目指していたゴールまではまだあと400メートル以上。ドバイで世界を制した逃げ脚は、この地点で早くも終焉を迎えた。



 ここ数戦では珍しく早々に脚の上がったパンサラッサはレース後、香港ジョッキークラブの獣医による検診が入ったが「異常無し」の診断。そして、それを裏付けるように、吉田は言った。
 「馬の状態は良かったです。それだけに期待に応えるレースが出来ず、申し訳ないです」
 


 ドバイの再現とはならなかった香港でのパンサラッサ。しかし、皆さんご存知の通り、個性派の彼は、今回好走出来なかったからといって、次もダメだろうという馬ではない。コインの表裏のように、1戦ごとに真逆の結果になっておかしくないタイプなのだ。あの大逃げがまた世界のどこかで見られる事を期待しよう。        (文中敬称略)